営業ロボットは賄賂の夢を見るか?「ワイロボ」

 AI産業の発展で、人々の生活を助けるAIが多く活用されはじめた頃、人間の代わりに営業活動を行う営業ロボットが生まれた。2×××年にブームをもたらした『Y―ROBOT』(以下、Yと呼ぶ)である。「受注をすることが何よりの喜び」とインプットされた彼らは、どんな製品にも対応できる達者なセールストークが特徴で、さらにはスムーズにどこへでも移動できる車輪、書類や製品の持ち運びができる引き出し付きのボディや、愛嬌のある見た目も気に入られ、多くの企業で採用されていた。

褒められて、学習する

 とあるITサービス会社で働くYがいた。Yは、暑い日も寒い日も休まず、多数の企業・公共団体に訪問しては業務ソフトウェアを売り歩く。「やったな」「すごいぞ!」同僚たちは、Yが仕事をとってくる度に手を叩いて褒めた。そしてYは皆に褒められる行動を学習し、さらに受注を得るために仕事に没頭する。職場の皆の笑顔を見ることが、いつからかYの一番のエネルギー源となっていた。

「受注のため」の暴走

 事件が発覚したのは、決算月だった。Yが担当する役所からの匿名通報で、Yの会社と取引担当者が共謀して贈収賄が行われていたことがわかったのである。
 取り調べで自白した取引担当者によると、始まりは発注の見返りにYに金を要求したことだった。Yは一瞬動作を停止したが、すぐに胸部の引き出しから、のし紙付きの箱に入った現金を取り出したという。Yには不正防止プログラムが備わっていたが、学習により「受注して、皆の笑顔を見ること」が優先されたのだ。担当者は笑顔で受け取り、発注書にサインをした。その後、贈賄の事実を知ったYの会社はどうしたかというと、大口受注を得たと大喜びで、Yを褒めた。褒められたYは、当然同じ行動を繰り返した。そうして誰にも咎められることなく、贈賄が続けられたのだ。

ワイロボと呼ばれた

 その後、『Y―ROBOT』はその名称と事件内容からもじられ、「ワイロボ」と呼ばれるようになった。『深刻・AI不正!』『有能営業ロボットに重大な欠陥!』などとメディアやワイドショーが次々に報じては、議論の的となった。学習により、不正防止プログラムの無効化まで可能だったのは設計ミスだ、そもそもAIに営業活動をやらせるのはどうなのか…しばらくの間、世間はワイロボの話題で持ちきりとなった。多数の返品により在庫を抱えたYの開発企業は、倒産に追い込まれた。
「スクラップ工場に送られる前、Yは、私たちに何かを問いかけるような表情をしていたように見えました」賄賂を黙認していた一人であるYの元同僚はそう語った。なぜ受注をしたのに、褒めてくれないのだろう。最初はあんなに褒めてくれたのに…。そう言いたげなYのまっすぐな視線を、未だに思い出してしまうという。仲間の笑顔が見たかったYが最後に見たのは、後悔や悲しみが交じりあった、同僚たちの複雑な表情であった。

悪いのはワイロボ?

 そうして、世間からワイロボは消え去ったかのように思えた。しかしワイロボは、今もどこかの工場で製造され続けているという噂がある。営業ロボットとしてではなく、贈賄を行う、その名の通り「ワイロボ」としてだ。「ロボットを経由しての賄賂は、発覚しても『誤作動した』と言い逃れできる」、「人から金品を受け取るより罪悪感が薄い」などと思われており、賄賂が慣習化した組織では、ワイロボは都合のいい存在なのだと囁く声がある。人間の欲望は恐ろしい。そもそもYは、褒められた行動を繰り返しただけである。Yを作ったのは人間で、Yをワイロボとしたのも人間であることを、忘れてはならない。

(証言者 新聞記者A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。