好意を誤解した社員の末路!「セクハラー」

「新人の大塚さんが、本郷さんのこと格好良いって言ってましたよ」
 あるとき、数人で酒を飲み交わしているとき品川が言った一言に、本郷は驚いてお酒を吹き出しそうになった。「本郷さん、恋人いないでしょ? チャンスなんじゃないですか?」本郷の困惑を気にもせず、品川はさらに楽しそうに、そう続ける。X社の営業企画課で主任を務める本郷は、口下手なところはあるが、真面目で根が優しく、課内での信頼も厚い。そんな本郷を若手の品川は慕っており、先輩後輩だが気を置かない関係で、一緒に飲みに行くことも多かった。その日は、普段クールな本郷が動揺している姿が珍しかったのか、品川はいつも以上に本郷によく絡んだ。まさか、後にあんなことが起こるとは知らずに。

恋と誤解が生まれた

 大塚は、営業企画課に配属となった新入社員で、いつも明るく笑顔を絶やさない。勉強熱心でもあり、人の話を聞くときは、一言一言にしっかりと頷き、メモを取った。教育担当である本郷は彼女のそんな姿に好感を持っていた。加えて、品川に言われた「格好良いって言ってましたよ」という言葉が頭の中でずっとリフレインし、仕事中にも関わらず本郷は大塚のことを無意識に目で追ってしまう。また、目が合った大塚は微笑み返す。それは大塚らしい何気ない所作に過ぎない。それでも、本郷が大塚に好意を抱くには十分だった。品川をはじめとした後輩らは、たびたび本郷の反応見たさで面白半分に「大塚が本郷さんのこと気にしていますよ!」などとからかった。もちろん先輩を持ち上げるための軽い雑談だ。しかし、本郷はいつしか、自分は大塚と両思いなのではないかと考えるようになっていた。

モンスターに変化!

「大塚の気持ちを確かめたい」という思いがだんだん強くなった本郷は、ある日ついに大塚を会議室に呼び出した。「主任、用事ってなんでしょうか?」大塚は当然、仕事の話だと思い会議室にやってくる。しかし、大塚の姿を見た途端、本郷の様子がおかしくなり、身体に変化があらわれた。手が触手のように伸びて、皮膚は紫色に変色していた。大塚は驚いて逃げだそうとしたが、恐怖のあまり身体が動かず、触手に捕まってしまった。吸盤はしっかりと大塚の手を捕らえて離れない。「誰か、助けて!」大塚の悲鳴に驚いた社員たちが会議室のドアを急いで開く。変わり果てた本郷の姿に、皆が息をのんだ。本郷はこんぷらモンスター「セクハラー」になっていたのだ。
「どうして……」叫ぶように嘆いたのは品川だ。セクハラーは品川の姿に反応するように力を強め、ついには大塚の耳元まで距離を詰めたと思うと、本郷の声色で「大塚さん、好きだ」と囁いた。このままだとまずい、と焦った品川や後輩たちが必死にセクハラーを取り押さえる。はじめは抵抗していたセクハラーだったが、だんだんと力が弱まったと思うと、やがて本郷の姿に戻っていった。そして悲しそうな表情で大塚をちらりと見た後、本郷はまたすぐに意識をなくした。

思い込みが加速し、爆発

 事件は会社中に衝撃を与えた。真面目な本郷が「こんぷらモンスター」になるなんて誰も想像していなかったのだ。意識が回復した本郷は、品川に「大塚さんが会議室に入ってきた瞬間、二人きりになれたことに舞い上がってしまった」と話したという。さらには、「両思いなのだから、許されるだろう」と考えてしまったそうだ。話を聞いた品川は、軽い発言が本郷を勘違いさせてしまったのかもしれない、と自身の言動を強く後悔した。様々な噂が飛び交ったが、何が一番の原因だったか、真相は明らかになっていない。本郷は事件後すぐに会社を去り、その後誰も姿を見ることはなかった。
 セクハラーを生み出すのは、本人の思い込み、そして周囲の無責任な発言かもしれない……。

(証言者 本郷の同期社員A)


※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。