デマーはあなたのすぐそばに…「デマー」

「この写真、いいな。リツイート!」。仕事の休憩時間には、何をするよりも先に、SNSを開くのが僕の習慣だ。また、休日には一日中SNSに齧りついたこともあった。本名も職業も知らない人々との交流は心地よい。「仕事疲れた」と投稿すれば、すぐに数人が「お疲れ!」と反応してくれる。面白い話題は、皆で拡散して盛り上がる。SNSは、僕の生活に欠かせないものとなっていた。

大スクープ!?

 ある日、SNSで、大手週刊誌の記事が目に入った。
『人気俳優・Mに薬物使用疑惑 逮捕も秒読みか』挑発的な見出しの下には、隠し撮りだろう、そのMの後ろ姿らしき写真が載っているが、誰かはわからない。コメント欄には「結局、誰?」「発表早く」という声が溢れていた。ふと、足元のスニーカーに目が行く。その特徴的なデザインは、不鮮明な写真でも目立っており、なぜか見覚えがあった。記憶を頼りにSNSを遡ると、思った通り。最近注目のイケメン俳優・MITAKAが全く同じスニーカーを履いた写真が載っている。ご丁寧に、「受注生産限定の貴重なモデルです!」とも。「何でもない投稿がこんなに拡散されるなんて、芸能人はすごいな」と、覚えていただけだったが、まさかこんな形で生きるとは。興奮した僕はすぐに、彼の写真と、週刊誌の写真を並べ、「限定スニーカーが完全に一致! 薬物で逮捕間近の俳優はMITAKAだ!」と投稿する。その直後から「大スクープじゃん!」「よくやった」「特定早すぎw」と投稿の拡散・反応が止まらない。フォロワーもどんどん増えていく。僕は、自分の投稿が多くの人に衝撃を与えたことに、興奮が止まらなかった。

賞賛は非難へ

 しかし、MITAKAの所属事務所が「SNSで騒がれている薬物使用疑惑は全くの事実無根」と、陰性の検査結果と共に発表してから、風向きは一気に変わった。「デマなの?」「悪質過ぎる」「逮捕されるのはあなたですね」と非難が相次ぎ、すぐに僕の過去の投稿から勤務先・本名が特定された。職場では延々と鳴り響く電話の対応に追われ、会社のホームページには公式の謝罪文が掲載された。僕への処分は、検討中だという。MITAKAの所属事務所からも、法的責任を問われるかもしれない。僕は何もできず、ただ怯えていた。

SNSで有名になれる

 あの投稿後、高揚感に酔いしれた僕は、空を自由に飛びまわっているような心地だった。心地どころか実際に、僕はデマーというモンスターになり、拡散されて世界中を飛び回っていたらしい。無実の人を犯人扱いして傷付け、自分の周りの色々な人に迷惑をかけることなど微塵も思わずに…。SNSでは投稿が話題になれば有名になれる。僕もいつか…と密かな野望を抱いていたが、こんな形で達成してしまった。あんなに大好きだったSNSの画面を開くことは、恐くてもうできない。俯きながら街を歩いていると、ふと、目の横を何かが通り過ぎる。虫かと思い振り返ると、それはデマーだった。

現実

「うわあ!」と叫び声を上げると、数人が振り返り、訝しげな表情で僕を見る。どうやら僕にだけデマーの姿が見えているらしい。肩にデマーが止まった女性がスマホの画面を見て微笑んでいる。その向こうで笑いあう男子学生の周りを数匹のデマーが囲んでいる。恐る恐る、空を見上げた。そこには、視界を覆い尽くす大量のデマーが飛び交っている…。

(証言者 機械メーカーの生産管理スタッフA)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。