隠せども消えはしない、そして崩壊へ「カックシー」

 得意先から新規のアプリ開発の発注があり、私がプロジェクトリーダーを任命された。大規模な開発だが、開発期間も短いうえに、人手も足りない。「とにかく成功を」という上司の圧が強くのしかかった。

納品三か月前

 時間があっという間に過ぎていく。バグや要求仕様の未達成、次々に問題が発生しては、チームメンバーが焦燥した声をあげる。その度に、私がひとまず預かるが、自身の作業にも苦慮する中で、すぐに解決できるはずもない。このままでは大変なことになる。恐る恐る上司に報告したが、上司は「どうにかしろ」と言うだけだった。

納品二か月前

 得意先との定期報告会で提出した試作品は、バグだらけで、要求仕様も満たせていない。先方の担当者は不安な様子だったが、「ちょっとしたトラブルがありまして…でも、まだ二か月あるので、余裕ですよ」と言い切り、納得させた。嘘には真実を少し混ぜるのが良い。「余裕です」という嘘、そして、トラブルだらけの状況を矮小化した真実で伝え、必死で笑顔を作った。
 その後、担当者と連絡を取ったという上司から、「なんか心配してるみたいだったけど、順調なんだろ?」と問われたが、否定の余地がないことが言外に滲んでいた。
「お客様から急な要望があって。想定外でしたが、問題ありません」
 嘘に嘘が重なる。もう後戻りはできない。

隠しごと

 次の報告会の日。進捗は芳しくない。前回のようにごまかすのは難しいだろう。焦りが募る。せめて、今日の報告会がなければ…そう願った瞬間、電話が鳴った。担当者の急用で報告会は中止、書面報告のみとなった。この願ったような展開に、私はほっと胸を撫で下ろした。
 それからというもの、不都合な事実が浮かび上がりそうになると、強く願えば逃れられるようになった。良い能力を手に入れたと確信する。姿にも変化が起きた。時折、鏡に映る私の姿は、猫のような生物になっている。この姿で、トイレの後の猫のように砂をかける仕草をすると、隠したい事実が、砂に隠されたように見えなくなる。その結果、指摘を受けずに逃れられるのだ。
 納期が迫る中、私は能力を駆使して不都合な事実を幾度も隠した。

納品一か月前

 とはいえ能力は所詮、問題を隠すだけだ。これが開発スピードを速める能力だったらよかったのに…などと考えてしまう。時間が到底足りず、思い付いたのが、納期の延長だった。普通に考えると、あの上司にそんな相談はできない。しかし、私の能力を使えば、延期の事実をも隠すことができると考えた。直接、担当者に連絡して交渉する。さすがに怒られたが、謝り通して、何とか了承を得た。そして砂をかけ、納期を変更した更新契約書の痕跡を消した。

崩壊

 大丈夫。これまでと同じだ。隠せる。そう思っていた。血相を変えた上司が飛んでくるまでは。
「先方から連絡があったよ。納期延長って、どういうこと?」
 背筋が冷える。なぜ? これまで、バレなかったのに。
「説明を…うわっ!?」
 上司が慌てた様子で身を引いた。振り向くと、雪崩のような音と共に、何かが崩れ始めている。具現化した文字だ。「動作が仕様書と異なる」「進捗が遅れている」これまで隠してきたものすべてが、文字となり次々と降り注いだ。上司が、私の姿を見て悲鳴をあげる。隠しごとも私の秘密の姿も、何もかもがあらわになった。

限界

 その後プロジェクトがどうなったか、私は知らぬまま会社を去った。私が頼った、都合の悪いことを隠し、逃れる能力。それは、表面的なものに過ぎず、先方が「念のため」行った上司へのたった一本の連絡で、簡単に暴かれてしまった。隠しても、根本的な問題の解決はできていなかった時点で、考えれば気付けたはずだったのに。
(証言者 元ソフトウェア開発 エンジニアA)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。