夕方のチャイムが変身の合図「ダラダーラ」

 異動により、営業企画部の課長となった。以前までの総務部とは畑違いのため、新鮮な気持ちで迎えた異動初日。早速、残業申請がどんどん届き、かなり忙しい部署に来たのだと感じた。しかし、数日経つうちに、違和感を覚え始めた。
 椅子にもたれ、キーボードをゆっくりと叩いている人。マウスが静止したままの人。会議中資料すら見ず、ぼんやり黙っている人。この職場では、やたらと時間がゆっくりと流れている気がする。ところが夕方に定時のチャイムが鳴ると、一変。全員がきびきびと動き出し、キーボードを素早く叩く音がオフィス全体に響き渡り始めるのだった。

呆れる存在

 日中、ひまそうに見えた人数名に資料整理を頼んでみたが、みんなに「忙しい」と断られた。手が空いているように見えるのは、私が異動してきたばかりで、業務をあまり把握していないからだろうか。そう思い、状況を詳しく聞いてみるが、返ってくるのは曖昧な答えばかりだった。疑問に思い、業務実態を調べたところ、残業申請の内容と実際の進捗が、どうにも辻褄が合わない。
 謎が深まり、悩みあぐねた私は、業務で利用している生成AIに、残業時間と進捗が合わない理由についてたずねた。生成AIは、非効率的な業務、チームの連携不足などの回答を示したが、その中の「ダラダーラ」という単語に目がとまった。検索すると、こんぷらモンスター「ダラダーラ」の存在に辿り着いた。ダラダーラの特徴は、日中は無気力。定時を過ぎると、突然活発になるという。まさに、うちの部署の人たちではないか。その目的は主に、意図的な残業による残業代の獲得らしい。呆れ、開いた口が塞がらない。

見えた!

 それから、私は部署の人たちの様子を注意深く観察した。すると、日中ゆったりとしている人々の姿に、だんだんと青いゼリ―のような何かが重なって見えてきた。さらに観察を続けると、それはだらしなく椅子にもたれる人々をやわらかく包むが、定時を過ぎた途端、突然四角く固まり、目をぎらつかせて集中した表情を見せた。
「これが、ダラダーラなのか」
 目をこらすと、その姿はどんどん鮮明になり、私の背筋は凍りついた。なんと、この部署は、ダラダーラで溢れかえっていたのだ。

改革

 「このままではダメだ」
 私は課長として決意した。残業が常態化した空気を変えれば、ダラダーラも姿を消すはずだ。そう考え、すぐに行動した。まず必要な残業と不必要な残業を見分けるために、各担当の業務を把握。関連する部署へのヒアリングも実施した。さらに、作業状況を可視化するため、スケジュールと日報の提出を義務付けた。残業申請には内容と予定時間の明記を徹底した。そして一人ひとりに目標を設定し、評価は取り組みの質を重視する方針も示した。

本来の形

 一連の行動の中、個別面談も実施した。すると驚くべき声があった。
「実は、自分でもなぜ残っているのかわからなくて」
「早く帰りたいけど、先輩が誰も帰らないので…」
 ずっとこの部署では、働く時間が長いほど褒められ、評価されていたことがわかった。加えて、もちろん長く働けば残業代もつくため、一石二鳥と考えていたようだ。しかし、私の働きかけで、少しずつ空気が変わっていった。徐々に、定時で帰る人が増え、働く時間の長短より、働く姿勢と中身が大切だという雰囲気が生まれてきた。
 業務の進捗が明確になり、部署全体の業績が向上するとともに、雰囲気も明るくなっていった。残業も必要なときに必要なだけ行われる、本来の形となった頃、気付けばダラダーラの姿は、オフィスのどこにも見えなくなっていた。

ふと、考える

 私がダラダーラの姿を見ることができた理由は、よくわかっていない。違和感に気付いて、しっかりと観察したから見ることができたのかもしれない。しかし、もし、見えていなかったら? 対処できてなかったのではないだろうか。多くの会社の、いたるところで、ダラダーラは身を潜めているのかもしれない。見えていないだけで、きっと。
(証言者 総合商社 営業企画部 課長A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。