消える備品の謎!そこにはヤツがいた「ビヒンドリ」

「おかしいなあ」女性社員が、不思議そうに声をあげた。「また?」相づちをうちながら、別の社員が近づいてくる。「そうなのよ。変よねえ」「もしかしてあれじゃない? ビヒンドリ!」「ビヒンドリ?」「知らないの? あのね……」聞かれた彼女は得意げに、身振り手振りで説明している。「へえ……あ、そういえば私、前に残業してたときに、変な生物を見た気が……」「え~本当?」クスクスと笑いあったのち、自然と会話は途切れた。

備品がすぐなくなる?

「あれ? つい最近も買わなかったっけ」備品購入申請書に承認印を押しながら、首をかしげる。「そうなんですよ、なんだか最近、なくなるのが早くって……課長も使いすぎないように注意してくださいね」女性社員の冗談交じりの言葉に笑いながら、申請書類にもう一度目を落とす。消耗品や文房具類などが列挙されている。どれも必要備品であるには間違いないが、そうすぐになくなるだろうか?

モンスターに遭遇!

 お客様との打ち合わせが終わった後、スマートフォンを会社のデスクに忘れたことに気づいた。自分に呆れつつ、外出先から直帰する予定を取り消して、会社に急ぐ。今日は、部下の代々木が残業申請をしていたからまだ会社にいるだろう。代々木は最近よく遅くまで会社に残っている。仕事を頼みすぎているのだろうか。そんなことを考えながら、ようやく会社に着いた。いくつかの部署はすでに全員帰宅しているのか、部屋が暗くなっている。そんな中、光が漏れている俺のオフィスに、それはいた。
 鳥のような姿。ぱんぱんになった鞄からは、トイレットペーパーにボールペンなど、様々なものが飛び出していた。『あのね……ビヒンドリっていう、備品を勝手に持って帰るモンスターがいるんだよ。見た目は鳥みたいで……』先日聞いた女性社員の噂話と、申請書に並んだ備品の品目名が頭に浮かぶ。間違いない。こいつはビヒンドリだ。そして、あのブランド物の鞄は、見覚えがある。
「代々木……なのか?」ぴくりと反応したビヒンドリは、呼びかけられて初めて俺の姿に気づいたらしい。しかし、すぐに姿勢を戻し、備品を詰め込む作業に戻った。ひるんではいけない。モンスターになっても、代々木は代々木なはずだ。大事な部下であることに変わりない。「おい、やめろ! 自分が何をやっているかわかってるのか!」俺はビヒンドリの手を掴み、しっかりと目を見た。「お前がやっていることは窃盗だ!」そう叫ぶと、ビヒンドリは愕然とした顔をして、よく知る代々木の姿に戻った。

きっかけは小さなこと

 我に返った代々木は、間違ってボールペンを持ち帰ってしまったことがきっかけだったと話しはじめた。「そのうち返そう」と考えていたが、「このくらい持ち帰っても、誰にも気づかれない」ことに思い当たった。そのうち、「ティッシュが切れていたんだった。持ち帰ろう」とエスカレートし、いつからか備品を持ち帰る行為を正当化してしまったそうだ。それからは、人のいない隙を見つけては備品を持ち帰っていたという。代々木の行為は、課長である自身の指導不足もあったかもしれない。代々木は俺に「窃盗」と言われたことで自身の行為の愚かさに気づき、非常に反省している様子だった。「二度とこんなことはしないか?」俺の言葉に何度も頭を下げる代々木を信じ、始末書の提出と、返せる範囲で備品を返却するという条件で、社内では大ごとにしないと約束した。代々木はこの事件後、気を引き締めたのか、非常に真面目に仕事に励んでいる。そして備品の取り扱いについては、誰もが気をつけるべき事項として、部署内でしっかりと呼びかけることにした。備品購入数も元に戻った頃、ビヒンドリについての噂は途絶え、誰もその名を出すことはなくなった。

(証言者 総務課 課長A)


※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。