脱皮せよ! 不正はヒトゴトではない「ヒトゴトカゲ」

「相次ぐ品質不正 安全への不安!」
 紙面に踊る衝撃的な見出し。大きく報じられたのは、製造業大手のX社の品質不正だ。内部通報により、厳しい基準と納期のプレッシャーの下で繰り返されていた品質データの改ざんが発覚したという。「相次ぐ」という言葉が意味するのは、業界内で同様の品質不正が続いており、今年に入ってから、もう三社目になるという事実だった。このニュースを知った同業Y社で生産管理部門に所属するAさんは、「うちは、大丈夫か?」と不安を抱いた。そこで、部内のミーティングの議題として取り上げることにした。

ヒトゴト

「今、自社で品質不正は起きていないし、起きるはずがないという思い込みは危険だ。実は、すでに起きているかもしれない。また、将来起きる可能性もある。だからこそ、速やかに調査を始めて必要な対策をすべきだ」
 Aさんは強く主張したものの、部内の反応は芳しくなかった。
「X社で起きたからといって、うちでも起きるというのは考えすぎだ。調査には多くの時間とコストがかかる。そこまでして行う必要性があるとは思えない」というのが部内の大勢の意見だった。そこには、他社と自社は別と考え、手間や面倒を敬遠する意識が根強くあった。どこまでも他社の不正は「ヒトゴト」であるという空気が漂う。いや、漂うどころか、見た目にあらわれていた。部内の人々が、「ヒトゴトカゲ」という、何でもヒトゴトとして捉えてしまうトカゲの形のモンスターに変化しているのである。Aさんはその光景に唖然とし、声を上げることを諦めてしまった。

ヒトゴトではなかった

 ほどなくして、Aさんの不安は現実のものとなった。Y社でも品質不正が発覚したのである。第三者委員会の調査では、同業他社の不正を契機に、不正への対策や調査を行うべきだという声が社内にあったこと、しかし、そのような声がありながら、何も対処していなかったことを指摘していた。
 Y社の不正を記事にした週刊誌は、品質検査に関わった担当者だけが責任を問われ、懲戒解雇となった事実を「はびこるヒトゴトカゲが不正発覚を遅らせたか 担当者の解雇は、まさにトカゲのしっぽ切り!」と揶揄した。もちろん、世間はヒトゴトな姿勢を強く非難し、Y社は信頼を失うこととなった。

ジブンゴト

「…このように、ヒトゴトカゲが社内にいると、大変なことになります。特に事例で挙げたような品質不正は、近年、さまざまな業界で頻発しています。どの会社も、決してヒトゴトではないと、考えてください。
 日々、さまざまな不正やコンプライアンス違反が起きています。それらを会社で働くすべての役員、従業員が『ジブンゴト』として捉え、会社を守る行動を取れるようにと、私は伝え続けて参ります。本日の講演は以上です。ありがとうございました」
 私が締めの言葉を告げ、頭を下げると拍手が起きた。こんぷらモンスターに関する講演や研修で全国をまわっているが、最近はヒトゴトカゲについての話をしてほしいという要望が、増えている気がする。

脱皮

 講演の終了後、参加者がすべて退室したのを見計らい、片付けを始める。今日の参加者の中にも数人、ヒトゴトカゲ化していた人はいた。それらの席の近くに落ちている皮は、ここで「ヒトゴトカゲから脱皮した」証拠である。脱皮できたことによって、これからは不正をヒトゴトではなく、ジブンゴトと考えるようになるだろう。今後も、一人でも一社でも多く救うため、ヒトゴトカゲからの脱皮を促したい。その場に落ちている皮を片付けながら、私は次の講演の準備へと移った。
(証言者 こんぷらモンスター研修担当講師A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。