危険! 振り返ればヤツがいる「アオラオラー」

 車の助手席に座る私の首筋に汗が伝っている。それは決して車内が暑いからではなかった。私は深呼吸をしたあと、それを確認するために、ゆっくりと運転席に目をやり、そのまま後続車の運転席にも目を向ける。やはり、それは人間とは思えない異形のいきものだった。

事の発端

 私はいつものように、社有車で取引先に向かっていた。運転は部下の中野に任せ、私は助手席で今日の資料を確認する。頭の中でプレゼンのリハーサルをしていると、「え?」と小さな声が聞こえてきた。隣を見ると、中野がバックミラーを気にしている。私は身体をひねり、後方を見た。すると、異常に車間距離を詰めた後続車が目に入る。中野は離れようとアクセルを踏むが、相手もついてくる。ならば追い越させようと速度を下げると、同じように下げる。私たちへの敵意は明らかだった。「まさか…」と、恐る恐る後続車の運転席を凝視し、全てを理解した。運転手はアオラオラーになっていたのだ。
「煽り運転だわ。まずは落ち着いて…」私の言葉が終わらないうちに、中野の大きな舌打ちが聞こえた。驚いて隣に目を向けると、そこにもアオラオラーはいた。

爆発寸前

 正確には、中野はまだアオラオラーにはなっていなかった。しかし、ハンドルを握る手にはオレンジの体毛、顔には白い髭が伸び始めており、明らかにアオラオラーの特徴が現れ始めていた。私が中野を気にしているうちにも、後続車は、ますます車間距離を詰め、クラクションを鳴らすなど、煽り行為はエスカレートしていく。煽られる度に、中野の眉間の皺はアオラオラーのように深くなり、怒りは今にも爆発しそうだ。私はまず、落ち着け、と自分に言い聞かせる。
「まだ間に合う。大丈夫」

6秒のおまじない

 赤信号で停止したタイミングで、勇気を出し、中野の震える肩に手をのせ、「ねえ、落ち着いて」と話しかける。一瞬震えは止まり、私の声に反応したようだ。しかし、顔つきは強ばったままだ。
「煽り運転は犯罪だよ。煽られたからって煽り返したら、あなたも犯罪者になっちゃう。だから、落ち着いて。そうだ、頭の中で6秒数えてみて…」
 以前に聞いた怒りを抑える方法を思い出し、伝える。怒りも6秒我慢すれば、ピークを過ぎ、冷静になれるという方法だ。中野は震える声で数字を数え始めると、だんだんと人の姿を取り戻していった。

車は凶器になる

 その後、パトカーのサイレン音が近づき、後続車は停車させられた。あちらのアオラオラーもすぐに我に返ることだろう。大事にならず良かった。私は安堵のため息をつき、胸を撫でおろした。一方、中野は、自分が変身しかけたことに驚き、動揺が続いているようだった。
 ふとしたことでイラッとすることは誰にでもある。特に運転中は、渋滞や迷惑運転、自分勝手な歩行者やルールを無視した自転車など、イライラの原因は無数にある。もし、あのとき中野まで変身していたら。もし対抗して、急ブレーキでも踏んでいたら…。脳裏に大破した車の絵が浮かび、私は身震いした。

(証言者 製薬会社の営業課長A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。