勝手に押される部長印! 誰の仕業?「カッテオス」

 三日間の出張はさすがに疲れた。大きく伸びをすると、関節からパキパキと軽い音が鳴り、同時に欠伸も出る。
「部長、お話があるのですが」
 声に気づくと、目の前に渋谷くんが立っていた。去年転職してきたばかりの、真面目で優秀な期待の新人。渋谷くんは、真剣な顔で話し始める。
「ついに出たんです。こんぷらモンスターが、うちの部に」

モンスターは誰?

 反応の薄い俺の表情をうかがいながら、渋谷くんは話を続けた。
「部長の出張中に見たんです。昨日、残業中にふと見た部長のデスクに怪物がいました。手に印鑑を持って、何かの書類に押印していました。僕は怖くなって、その場から逃げてしまって…」
 渋谷くんはひと呼吸すると、興奮気味に話を続けた。
「あれは部長印です。勝手に誰かが部長の承認を偽装しているんです。部内の書類を確認してください。そうすれば誰がモンスターか…」渋谷くんの話におとなしく相槌を打っていたが、そこで思わず話を遮った。
「あれ、渋谷くんは俺のハンコの場所、知らないんだっけ?」

衝撃の実態

 「俺のハンコの場所は、皆知ってるから、君も覚えておくといいよ。前に俺が留守のときに黙ってハンコを使った奴がいたんだ。急ぎの承認が必要だったんだって。内容に問題がないことがハッキリしているものだったから、仕方ないよ。今回もそうじゃないかな。それに、皆のことは信頼しているし…」
 俺の話に表情を強張らせ始めていた渋谷くんが、突然声を荒げた。
「どうなっているんですか!」

そこにいる

「押印の意味をわかっていますか。押印するということは、部長がその内容を承認して認めるということなんですよ」
 渋谷くんの剣幕に、思わず一歩引く。「それなのに、誰でも勝手に部長印を持ち出せて、押印できる状況を黙認しているって、一体…って、わあ、出た! 部長、後ろ!」
 動揺する渋谷くんの視線を追うと、俺の背後から手を伸ばし、部長印を取ろうとするカッテオスと目が合った。俺は笑顔で頷き、すぐに渋谷くんに視線を戻す。
「問題がないのに、確認と押印を依頼するのが手間だと思う気持ちは、わかるよ。俺もいちいち確認するの面倒だし。それに世間では、無駄な押印を止める流れが来ているでしょ。無駄な押印がなくなれば、きっとモンスター化する奴もいなくなるよ」と笑いながら肩を叩くも、渋谷くんは黙り、静止している。

楽になる方法

「どうしたの、渋谷くん。具合が悪そうだけど」
 渋谷くんの顔色はどんどん悪くなり、今にも倒れそうである。背後の気配から、理由はわかっていた。今、俺の後ろには、渋谷くんを取り込もうと、モンスター化した部下たちが集まってきているのだろう。実際に、取り込まれてしまえば楽になれるのに、と思う。渋谷くんは真面目過ぎるのだ。自由に押印しても良いよ、と部長である俺が言っているんだから、素直に受け入れてしまえばいいのに。

承認できない

 耐えきれなくなった様子の渋谷くんはそのまま早退し、翌朝には突然、退職を申し出てきた。それに俺は笑って返してやるのだった。
「ちょっとそれは、突然過ぎるよ。部長として、簡単には承認できないな」俺の言葉に、渋谷くん以外の皆が笑った。

(証言者 ●×商事の元部長A ※会社は昨年倒産、証言者は現在所在不明)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。