降り注ぐトゲを止ませたのは、家族の一言「イライーラー」

「もっと頭を使え!」
「ダラダラと仕事をするな!」
 この課は、室内でも傘が必要だ。なぜなら、ここの天気は「トゲときどき嵐」だから。
 課長である私は、部下の仕事ぶりに毎日イライラしては、怒鳴ったり、ぼやいたりして、発散していた。そんなことが続いたある日、私から湧き出る奴の存在に気づいた。雲のようだが、表面に無数のトゲがある。トゲは私のイライラに連動して、勢いよく壁や床、そして部下にも飛んでいく。初めは驚いたが、トゲが何だ。イライラさせる部下が悪いのだから、仕方ないと思うようになった。
「また単純なミス。いい加減にしろよ」
 小さく独り言を吐くと、また一つトゲが飛び、床に刺さった。

オンライン会議でもトゲ

 昨年からテレワークの導入が始まり、私も週に二日は在宅勤務になった。とはいえ、仕事や役割は変わらない。
 ある日、自宅から部下たちとのオンライン会議に参加した。会議が始まると、相変わらず部下の報告が要領を得ない。苛立ち、思わず大きな声が出る。
「要点を明確にしろよ! いつも言ってるだろう!」
 どこで仕事をしていようが、私が怒鳴ると皆が沈黙する。その後は、腰の引けた部下の報告が続き、やがて、昼休憩の時間を迎えた。まったく嫌になる…とノートパソコンをパタンと閉じて、大きく伸びをする。すると、ノックとともに部屋のドアが開き、妻が顔を覗かせた。
「隣の部屋まで声が響いていたけど、どうしたの?」

家族の冷たい視線

「ああ、会議でな」
「会議で、あんな大声出すことある?」
 私は、怪訝な表情の妻に理由を話し始めたが、途中で妻の言葉に遮られた。
「怒鳴れば部下が成長する、なんて考えてるの? あなたって、会社ではそんな感じなんだ…へえ~?」「それに部屋に散らばっているトゲみたいのは何? まさか、あなたモンスターに…」と私を睨んだ。
 妻の言葉と視線が、グサグサと胸に突き刺さる。だんだんと、部下にイライラしていた自分が恥ずかしくなり、汗が流れた。もう止めてくれ…と思った。最後にトドメとなったのは、妻の横で怯えていた幼い娘の一言だった。
「パパ、どうしておこってるの? こわいよ。パパじゃないみたい」

トゲのち晴れ

「なんだか、課長変わりましたよね」
「正直、前はいつも恐くて、話しかけづらかったです」
「イライーラーしてたもんな。皆にはもちろん、壁や床にまで当たり散らして、本当にすまなかった」
 あの日の妻と娘の言葉で、私は変わった。以前の私は「自分が正しい」と思い込んで怒鳴り、それでもうまくいかないことに、さらにイラついて…を繰り返していた。うまくいかないのは、今思えば、当然だ。たとえ私の言っていることが正しくても、強い口調で言う必要はない。むしろ、萎縮させてしまい、逆効果になる。
 冷静な指導を心がける。部下の考え方を尊重し、発言をしっかりと受け止める。一つひとつを意識した。すると、常に怒鳴られることに怯え、私の顔色を窺っていたころよりも、明らかに部下の業務がうまく進むようになったのである。今は職場の雰囲気も良く、皆の表情も、晴れ晴れとしている。もう、傘は必要ない。

(証言者 広告代理店の企画部 課長A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。