ハンマーが奏でたのは、旋律ではなく戦慄…「カイタタッキ」

「もっと安く!」
「この金額でも、安すぎるくらいです!」
「値下げを断るというのなら、今後、一切の取引はないものと考えてください」
「そんな…せめて、この金額ではいかがですか?」
「もう一声!」
「そ、そう言われましても、さすがにこれ以上は…え?う、うわあ!」
 目の前の異変に気づいた男が思わず悲鳴を上げた。
「もう一声♪ もっと安く♪」
 悲鳴をかき消すように、響き渡るハンマーの打音と小粋な歌声が続く。
 振り下ろされるハンマーの先には、何枚もの紙が舞っている。それらは、ハンマーに打たれるたびに金額が下がっていく見積書だった。

無理な受注

 事件の発端は、『有名企業のウェブサイト制作』という競合案件への参加だった。営業担当のXは、「受注できれば、大きな実績として我が社を強くアピールできる。そうすれば、多くの仕事が舞い込むはず…」と考えていた。
 Xの提案は、手強い競合相手がいる中で、受注を勝ち取った。しかし、問題がある。受注優先で、金額も納期も相当無理をした提案をしていたのだ。社内の人員のみでは人手が足りず、納期に間に合わない。それでいて、もちろん費用も抑える必要がある。
 だが、Xは楽観していた。「策はある。何度も制作を委託している会社なら、うちに恩義があるはずだし、立場上、無理な条件でも丸め込める」。全ては、うまくいく…はずだった。

こびりつく旋律

「協力会社と金額を交渉しているあたりから、あなたは記憶がないというわけですね」
 こんぷらモンスター対策本部の調査員の淡々とした聞き取りが続く。デスクの向かいに座るXは、ボーッとした表情のまま、何度も小さく頷いていた。しかし、自身が知らぬ間にモンスター化していたことを聞かされ、表情は一変した。
「この件は、当然、発注元にも連絡がいきます」
 さらに調査員が続けた言葉で、Xの上半身はデスクの上に崩れ落ちた。無理な受注で抱えた問題を、立場の弱い取引先に押し付けようとした結果が、この様である。Xにはモンスターになった記憶は、なかった。しかし、Xの脳内には、なぜかハンマーの打音と歌が、何度も聞いたことがあるかのように染みつき、離れなかったそうだ。もう一声、もっと安く…。

カイタタッキの歌

 ウェブサイト制作の発注責任者だった私は、Xの再委託先への買い叩きと、モンスター化について、調査員からの長い報告を受けた。そして、自分の席に戻り大きく溜息を吐いた。
「あのクオリティで、あんなに安く短納期でやってくれるっていうから、選んだのに」
 そう都合良く物事は運ばないということなのかもしれない。新たな発注先を決めなくてはならないが、あんな話を聞いた直後では、その気になれない。ふと私は、報告で話に上がった「買い叩き」を検索サイトで調べてみた。すると、検索結果に「カイタタッキの歌」という動画が表示された。一体どのような旋律なのだろう。私は、再生ボタンを押すか迷っていた。

(証言者 大手メーカー 企画担当A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。