社内賭博…白か黒か、どっちに賭ける?「トバクン」

 人を笑わせ、楽しませることが、生きがいだ。職場でイベントがあれば、もちろん幹事は私。もっともっと、イベントを盛り上げたい。そんな私が「魔法」にかかったのは、ゴルフコンペの幹事を担当したときのことだった。

謎の着ぐるみ

 ゴルフコンペまで、あと一週間。ちょっと笑えるスコアカードを作ってみたり、賞品にも趣向を凝らしたりしたけれど、まだ何か足りないと感じていた。「もっと盛り上げる方法はないだろうか」と思案する私の前に、それは現れた。
「なんだ、この着ぐるみ?」
 ゴルフの成績優秀者を祝うためのクラッカーや、司会用の蝶ネクタイ等々。当日使う道具や備品類を置いていた部屋に、気付くと用意した覚えのない着ぐるみがあった。白と黒の猫のような見た目で、マント付き。
「これを着れば、盛り上がるかな。なーんて」
 暑そうだけど…と思いつつも、好奇心から背中のチャックを開けて、私は着ぐるみに入った。すると、とても心地よく、まるで身体と一体化したようだった。そして、突如脳裏にアイデアが浮かんだのだ。
「優勝者を当てるゲームをしよう。競馬のように人気リストを作り、倍率も設定して、お金を賭けてもらう。ゴルフをしない人も参加できるし、コンペ参加者たちの闘争心も刺激するぞ!」

大盛況

 コンペ当日、着ぐるみで登場した私を見て、同僚たちは嘲笑ぎみの表情を見せていた。しかし、私が口を開いた途端、空気は一変する。異様なまでに冴え渡るトークと仕切りで、私はその場のエンターテイナーになっていた。参加者たちは楽しみ、またゴルフの結果に一喜一憂した。私の企画した『ゴルフ賭博』は、過去一番の盛り上がりを見せた。

きっかけ

 人というのは、基本的にギャンブルが好きな生き物ではないだろうか。以前に、会社の忘年会の二次会で、じゃんけんで負けた人が全員分の支払いをするというゲームを提案したときの盛り上がりを思い出した。勝った人だけでなく、負けた人も楽しそうで…。それが、『ゴルフ賭博』の発想のきっかけだったかもしれない。

無双

 それから、私の勢いは止まらなかった。競合プレゼンの勝敗、営業スタッフの成績予想、人事異動の内容。さまざまな社内の題材を利用しては賭け事を企画し、胴元兼司会進行を務めた。あの着ぐるみを着ると、私はそれはそれは饒舌になり、盛り上げ役として場を完全に支配する。拍手喝采だ。
「よっ、天才司会!」
「いつも職場を楽しませてくれてありがとう!」
 上司や同僚の声援を浴びる度に、誇らしさで胸がいっぱいになった。自身の賭け事の勝敗は置いといて、精神的には、そのときの私は何にも負ける気がしなかった。

解除

 ある日、午前0時を迎えたシンデレラのように「魔法」は突然解けた。「社内で賭博が行われている」と内部告発があったということで、私は相談窓口担当者に呼び出された。身内での遊びの範囲であり、とがめられるようなことではないと弁解した。しかし、窓口担当者は、身勝手な認識だと指摘し、中心人物である私には恐らく懲戒処分、さらには刑事罰のおそれもあると告げた。全ては詳しい調査の後に決まるらしい。私は言葉を失った。

魔法の正体

 あの着ぐるみを着たときの高揚感や、無敵になったような感覚。私が「魔法」と呼んだそれが、どうやらモンスター化であったことを、調査の過程で知った。ただ人を楽しませたくて、盛り上げたくて…そんな私の前に現れた『賭博』というアイデア。賭博を企画した時点で、私の負けは決まっていたのだと、今更気付いたのだ。
(証言者 情報・広告業 企画部A)



※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。