『盗難』 江戸川乱歩 著(1925年刊行)

 推理小説家・江戸川乱歩の短編小説である『盗難』は、教会の雑用係として働く主人公が、その教会の主任(同郷の知り合い)が詐欺、横領、背任などの悪事に手を染めていることを疑うお話。物語の終盤、主人公は静かに職場を去ることを決めるシーンがあります。

まさか古い知り合の主任の悪事を公にする訳にも行きませんから、
黙っていましたけれど、何となく居心地がよくないのです。今まではただ身持が悪いという位のことでしたが、こんなことがわかって見ると、もう一日も教会に居る気がしないのです。その後間もなく、外に仕事が見つかったものですから、すぐ暇をとって出て終いました。泥坊の下働きはいやですからね。(本文引用・原文ママ)

 主任の悪事については謎の多いまま、余韻を残した結末となっています。このように、真相は闇の中…というのは物語上の演出ですが、現実においては、黙って職場を去ると、どうなるでしょうか。
 「泥坊の下働き」ではなくなることで、自分自身はほっとするかもしれません。しかし、見逃したことで、不正はこれからも続いていくと捉えることができます。はずです。不正による被害も、どんどん大きくなってしまうでしょう。
 同僚の不正行為を知ってしまったとしたら…相手が「古い知り合」であってもそうでなくても、かばったり、うやむやにしたりするといったことは厳禁。迷わず相談窓口、あるいは警察など、しかるべき場所に速やかに連絡しましょう。